キラー・トアー・カマタ死去

流血大王キラー・トーア・カマタさん死去
全日本などで活躍したキラー・トーア・カマタさんが23日に心臓発作で、カナダ・サスカチュワン州サスカトゥーンでなくなっていたことが27日、分かった。70歳だった。カナダのカルガリー地区で活躍し、1975年(昭和50)5月に国際プロレスに初来日。初戦でラッシャー木村のIWA世界王座に金網デスマッチで挑戦するなど、木村のライバルとして活躍した。78年5月には全日本に参戦。同6月1日にジャイアント馬場(故人)からPWFヘビー級王座を奪い、ファンを驚かせた。その後も「流血大王」の異名を取ったラフファイトで、ジャンボ鶴田(故人)、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ザ・デストロイヤーらと死闘を繰り広げ、悪役外国人選手として恐れられた。
 亀田について書こうかと思ったけれど、あんな糞面白くもない試合については何も書く気が起こらない。どちらが坂田とやることになっても、まともな試合であれば坂田の完勝だろう。
 国際プロレス、全日本プロレスでヒールとして活躍したキラー・トーア・カマタが亡くなったそうだ。流血大王の異名を持ち、ラッシャー木村やジャイアント馬場と死闘を繰り広げ、全日本プロレスでは反則勝ちながらジャイアント馬場からPWF王座を奪取するという金星をあげた。人気絶頂だったビル・ロビンソンに馬場が負けないでPWF王座を譲るための繋ぎ役を担ったと思われる。
 体型、ファイトスタイルなどアブドーラ・ザ・ブッチャーとだぶるものがあり、強烈な個性を持つブッチャーと比べると地味な感は否めず、以後はメインイベンターというより、中堅外人の地位に安住してしまった。
 日系人を自称していたが、実際にはポリネシアンだった。馬場の著作によると趣味が手芸となっていて、流血大王の異名に全くあわない趣味に唖然とした覚えがある。

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