朝日の迷文

自由は根付いたのか
2006年07月20日

  サッカー日本代表の監督だったジーコ氏は、選手の自主性を重んじ、自由にプレーして、持てる力を発揮することを期待した。
 だが選手たちは、自由が身に付かず、指示には忠実だが、自ら判断して全力を出せるほど「成熟していなかった」。
 我が家のサポーター2人も、ドイツで12番目の選手のつもりで戦ってきた。試合中は「前へ、前へ」と念じた。だが日本チームは、技術力はあっても、それを100%使って勝利につなげる責任意識が足りなかった。やはり「成熟していなかった」のだ。
 サッカーはその国の文化の縮図であり、今の学生、サラリーマンの姿と重なる。
 思い出すのはマッカーサー証言だ。日本人は占領で得た自由を守れるのか、と聞かれ「日本人は12歳の少年で学びの段階だから、新しい思想が根付く」と言った。あれから55年、まだ自由は根付いていないのか。
 ところが小泉首相は、日本に自由は根付いている、と宣言した。ブッシュ大統領との共同文書「新世紀の日米同盟」によれば、「自由、人間の尊厳・人権、民主主義、市場経済、法の支配などの普遍的価値観は、両国の歴史的伝統に深く根差したもの」だ。
 これは中国を牽制(けんせい)する条項とされるが、日本自身、自信を持ってそう言えるのか?
 自由が根付いているなら、サッカー選手も学生もサラリーマンも、もっと生き生きと力を発揮しよう。自由には責任が伴う。そう思えば、全力を尽くす意欲が生まれよう。
 経済や社会のルールを破る自由、首相が何度も靖国参拝する自由など、自由のはき違えもなくなり、普遍的価値観に基づく現行憲法を押し付けと非難することもなくなろう。
 自由を根付かせ、ソフトパワーを強めることがいかに大切か、サッカーが教えてくれる。(曙光)

 いやー迷文ですねぇー。本当に新聞社の人間が書いたのかどうか疑いたくなるくらいに。サッカーはその国の文化の縮図だというのならば、FIFAランキング最下位とかブービーの国は文化的に劣っているとでもいうのだろうか。ワールドカップで優勝したイタリアはケチのつけようのないくらいに、文化的に成熟した国なのだろうか。
 自由、自由と連呼しているけれど、こんな迷文を堂々と発表できるのは自由ではないのだろうか。朝日新聞が捏造記事を発表できるのも自由だからではないだろうか。
 朝日新聞の社長の息子がヤク中になるのは社会のルールを破る自由ではないか。朝日新聞が捏造記事を発表するのも社会のルールをやぶる自由ではないか。自由をはき違えているのは朝日新聞も同様ではないのか。

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